おざわやの代表のブログです
2022.05.18
この作品はまず日本国内よりも海外での評価が高く、昨年夏のカンヌ映画祭での受賞を皮切りにアメリカの主要な映画批評家協会から作品賞などを受賞して、もしやアカデミー作品賞の可能性もあるかも?なんて言われたことから逆輸入的に話題になった作品です。
でも実はボクがこの作品を知ったのは昨年夏の、いつも通っている鍼灸院のベッドの上。笑
こちらの毎月通っている鍼灸サロンは普段は女性専門なんですが、中学の時の同級生がやっているってことで通わせてもらってます。もちろん鍼灸でガタの来つつある身体のメンテナンスをしてもらうのが一番ですが、施術して貰いながらお互い大好きな映画のオススメをし合うのも楽しみの一つ。そんな中で彼女から「絶対観てほしい!」とお薦めされたのが、この『ドライブ・マイ・カー』でした。でも昨年夏頃は洋画で見たい作品も多くて、普段邦画はまず観ないボクはその時はスルー。特にその頃は名古屋でも独立系の小さな映画館が1館だけで、しかもすぐに上映が終わってしまったので「また配信でみれば良いか!」くらいのつもりでいました。それがその後の海外の高い評価を見るにつけ気になり、しかもその頃から大手のスクリーンでも改めて上映が始まったこともあって、このチャンスにぜひ!と観に行きました。
その後アカデミーでは外国語映画賞だけの受賞に終わりましたが、それだけでも凄いことですよね!そして今見てもまだ上映が続いている映画館も幾つかあるようなので、出来るだけネタバレない様に、でもこの作品に思うところをブログでお伝えしたいと思います。
この作品は監督の濱口竜介さんが、原作の村上春樹さんが書かれた短編小説をいくつか集めて1本の脚本にまとめたもので、劇中劇の製作というシチュエーションの中で男女3人の揺れ動く愛情を描き出しています。主演の西島秀俊が演じる家福悠介(カフクユウスケ)は俳優であり舞台舞台演出家で、その妻の音(オト)はテレビなどの脚本家。お互いの仕事をサポートし合いつつ、娘を幼くして亡くしてしまった傷を抱えたまま暮らしていましたが、ある時自宅でオトが急死したことで全てが崩れていくところから物語は始まります。
この作品は邦画にしてはかなり長めな約3時間の上映時間ですが、このオトが亡くなってしまうところまでで既に1時間。そこで初めてタイトルと出演のテロップが流れるという構成で、「ナルホド!ここまでで物語の背景を観客の頭に入れるのか!」と納得してしまいました。この構成の巧みさもですが、作品中にカフクがセリフを覚えるために「オトが吹き込んだ相手役のセリフ」に合わせるという覚え方。そして舞台を作り上げていくのに演者全員が揃って座ったまま「セリフを棒読みし合う」という手法を取り入れて、それに戸惑う演者たちごとスクリーンのこちら側の観客にも見せるという脚本も秀逸。ボク的に邦画というのは何だかいつもドタバタしていて、その癖やけに難しげな顔ばかりしているイメージでしたが、この作品に関しては細かな設定をコチラに感じ取らせて静かに積み重ね得ていく様なストーリー仕立てにハマりました。
カフクは愛する娘を失ったことから壊れてしまったオトとの関係性に苦しみつつも目を背けてきた。そんなカフクが大切にする車サーブ900ターボの運転を任されたミサキは若い女性ながら寡黙で、不思議な空気感を持ちつつ家族を失った過去を抱えて生きている。オトと不倫関係にあったタカツキはカフクの作る舞台に出演し、カフクがオトと彼の関係を知っていることを知らないままに奔放に愛情を求めて彷徨う。自らの求めるものだけが手に入らない3人が、多言語という特殊な舞台「ワーニャおじさん」を中心に葛藤する姿が描き出されていきます。
そこでポイントになるのは多言語のままに舞台を作り上げるという手法ですが、そのために日本・台湾・フィリピンに韓国人の手話まで、セリフ合わせもそれぞれの使う言語で台本を延々と棒読みします。この舞台演出はあの画家ルノワールの息子ジャン・ルノワールが好んで使った手法らしく、演者全員が相手のセリフまで覚え込むことで舞台全体を把握していきます。そして相手の言葉ではなく感情表現や身振りから相手の台詞に合わせざるを得ず、セリフよりも深いもので向き合っていることから舞台が一体感を帯びてくることさえ感じます。
セリフというのはもちろん台本に書かれている言葉だし脚本に沿って作られた会話です。でも演者が読み込んで自分のものとした時には、ちゃんと演者そのものの人生や思いまでが演技に現れてくるのが俳優という仕事。そしてそれを束ねる演出家や脚本家の想いも舞台上には広がって、それが見ている観客にまで伝わるものじゃないかとこの作品は訴えかけてくる気がします。このストーリーの中ではカフクの役作りを見ていたミサキが、次第に「ワーニャおじさん」の舞台にも引き込まれていく姿に、見ているこちらまでが自分の姿を投影してしまっている気がしました。そして最後にはカフク自身もそれまで避けてきた舞台に、自身のすべてを曝け出して委ねる時が来ます。
そしてカフクの愛車「サーブ900ターボ」も何らかのメタファーであることを感じさせます。
それはもしかしたらそれぞれが抱え込んだ愛情だったり、捨てたくない思い出なのかも知れないなと。そして最後にカフクがミサキにそれを託すあたりに、二人がやっと次に進める段階に来たことを感じさせます。ところでこの物語は東京で始まり広島と北海道で進んでいきますが、本当は韓国でロケをする予定だったとか。それがこのコロナ禍で出来ずに広島になったそうですが、もし韓国でされていたら?というのも興味ありつつ、この舞台はどこであろうが変わらないというのも確か。変わるものと変わらないものというのも、この作品のテーマなのかも知れません。
またこの「ワーニャおじさん」の中のセリフも物語のキモ。
「真実はそれがどんなものでもそれほど恐ろしくない。いちばん恐ろしいのは、それを知らないでいること…」
「仕方ないの、生きていくほかないの。…長い長い日々と、長い夜を生き抜きましょう」
カセットテープの中から聞こえてくる、ソーニャのセリフを読むオトの声はカフクに語りかけられている様な気もするし、オト自身に言い聞かせ続けていた様にも聞こえてくる。そして舞台の上から「人生ってそんなに悪くないよ」ってスクリーンのこちらにも語りかけてくる気がしてきて、読み込めば読み込むほどに味わい深い素晴らしい作品でした。きっとこのブログ読んでからでも楽しめると思うし、既にアマゾンプライムでも配信中なのでぜひご鑑賞してみてください。
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