おざわやの代表のブログです
2020.11.20
先日お話を伺いに行ったのは、愛知県尾張旭市にある臨済宗の洞光院というお客さまの寺院。年に何度かイベントをされていて、そのうちの一つの「禅を聴く会」として行われた、芥川賞作家で僧侶の玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さんの講演を聴いてきました。そのテーマとしてお話しされていたのは「七福神にみる日本人的思想」。スタートは確かに七福神でしたが、さすがに博識な宗久さんは話がどんどんエスカレートしていって尽きないほどで、あっという間に予定の90分をオーバー笑
時折小ネタなども折り込んでいて、とても興味深くて面白いお話でした。
この七福神信仰は中国から持ってこられたもので、元々は仏教の守り神としてインドから伝わったマハーカーラ(大黒天)・サラスバティ(弁才天)・クベーラ(毘沙門天)という戦いの神様に、日本発祥のエビスさま(恵比寿、夷、蛭子)を足した4人を信仰するものだったそうです。そこに室町の商人が「4では数字が良くないし盛り上げるために7にしたい」ととある僧侶に相談があったそうです。当時の僧侶は仏教だけでなく茶や学問など全てのことに長けた存在で、こんな風に今でいうコピーライターのような相談も受けていたとか。
この4人に中国の道教の伝説から南極星を司るという寿老人と福禄寿(2人は双子だとか同一人物という伝説もあり)に、中国の臨済宗の僧侶で実在した布袋さまを加えて七福神としたそうです。元々は仏教の守り神だったはずがそこまで持て囃されたのは、よほど当時の僧侶や商人たちの立てた広告戦略(笑)が長けていたんでしょうか?この頃京都では七福神のコスプレをした強盗までが現れて、そんな強盗に押し入られた家では「七福神が来てくれた!」と逆に金品を差し出していた事もあった、というから驚きですよね。
そして唯一本当にいた人物という「布袋さん」は、臨済宗僧侶の契此(かいし)という名前で五代時代の中国浙江省にいたとされています。伝説によれば家はなく大きなお腹で、施しを入れた袋を背負って歩いていたということで、見た目には七福神の中の姿と相通じます。そして死の間際に残したと言われる言葉からは、布袋さんが弥勒菩薩の生まれ変わりと信じる信仰もあるとか。
また恵比寿さん=蛭子命(ヒルコノミコト:イザナギ・イザナミノミコトの間の不具の子)という伝説もそうですが、日本という国の始まりは古事記や日本書紀の記録からなっていて、そこには口伝もあれば当時の施政者の思惑だってあるでしょう。そしてそもそもの役割や見方は別としても、ヒトは他人(他の存在?)のことを自分が見たいようにしか見ないってこともあります。先に書いた七福神強盗なんて、その極みですよね。
そんな伝承に外国からの神さまや宗教を巧く噛み合わせて、さも昔からあったような習俗に合わせてしまうのは日本人ならではの感覚かも知れません。「袖擦りあうも他生の縁」や「呉越同舟」などの言葉だって、同じようにインドや中国から入った考えを元々あった文化に上手に取り入れてしまった言葉です。大事なのは枝葉末節や些細なわだかまりに捉われることなく、物事の本質に立って穏やかにやり過ごすことでしょうか?
いま世界は分断や対立を煽ることで民衆を率いたり、物事を都合よく取って利するような考えが多くなっているように思えます。
やっぱりマハーカーラのような凄い形相ではなく、大黒さまのように和やかに笑い飛ばせるボクらでありたいものですね。
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