おざわやの代表のブログです
2021.09.02
「あなたの信じている宗教はなんですか?」
これは海外ではよく聞かれる質問のようです。
でも日本でそんな質問をすると「なにかの新興宗教の勧誘か?」と怪しんだり、答えたとしても「無宗教です」と答える方が多いのではないでしょうか?
別に海外の真似をする必要はないですが、なぜ信じる宗教なんかを聞かれるかといえば「宗教=生き方」ということが海外では当たり前に考えられているからだと思います。そんな宗教って日本ではどちらかというと「悪いことをするとバチが当たる」的な部分や、「良いことをすると良いことがある」のような現世利益にばかりスポットが当たりがち。そして自分の信条を明らかにせず、どんな人ともソコソコ仲良くするというのも日本人の良いところであり、これから求められていく所じゃないかと思います。でも皆さんご飯食べるときにも手を合わせて「いただきます」って言いますよね。
これだけでも充分に仏教的なしぐさです。
2500年前に人間の男として生まれて、やがて35歳で悟りをひらいたお釈迦さまはその後どんどん仏道を探究する仲間(サンガ)を増やしていき、それが次第に仏教教団になっていきました。そこではお釈迦さまから教えを聞いたり、悩み事を相談してその答えをいただいていたそうです。そんな教えははじめ書物になっておらず、お釈迦さまが輪廻の輪を解脱して仏陀(ブッダ)となったあと、弟子たちによってその教えが編纂されたものが「経典(きょうてん)」です。でも誰でも耳にすることがある「お経」を聞いてみても、我々のような一般人では何も気づきはありませんよね。
これから少しずつ「お釈迦さま」が伝えていただいたことや意味を、時々ブログに書いていきたいと思います。
その1回目は「奪わずに与えること=利他」です。
先ほども書きましたが皆さんご飯を食べるときに手を合わせて「いただきます」と言いますよね。
でもそれは別に命をいただくために手を合わせるわけじゃありません。それが生き物や例え植物だとしても、命あるものを口にしなければ生きていけないというのが我々人間の業(ごう)です。その奪われた命やそんな業に対して供養の心を与える(=法施)のが合掌であり、そして「いただきます」という言葉です。
また仏教徒というと「動物を食べず精進料理を食べなければいけない」と思われるかも知れませんが、意外なことにお釈迦さまだって肉を口にすることもあったそうです。ただそこには一つの教えがあって「自分で殺生しないのはもちろん、自分のために殺生したものも口にしない」ということでした。木の実だってもぎ取るのではなく、落ちたものを食べるとかね。あるときお釈迦さまが通りかかったのにたまたま出会った村人が、自分たちで食べようとしていた肉や魚を差し出す(=布施)とそのまま断ることなく食べられたそうです。そしてその代わりにお釈迦さまは教えを説いて(=法施)応えたってことで、どちらも奪うことなく与え合える関係性が作り出せたわけです。
これって映画でいえば『Pay It Forword』みたいだし、しかもとってもSDGsな取り組みですよね。
欲求(=欲しがって奪う心)を抑えて、まずは誰かのためになることを与える。
ギブアンドテイクではなくギブアンドギブで回る世界って、想像するだけでも素晴らしいですよね。
そんな気持ちでお墓まいりすると、よりスッキリするんじゃないでしょうか。
・花立ての穴が小さくて水がたくさん入らないし洗いにくい
・お墓を新しく建てたい方やもっと使い易く建て替えたい
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他にもとにかくお墓で困っているー!という方は、まずここからボクに連絡くださいね。
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店舗住所:名古屋市名東区高針原2-101
電話番号 : 052-734-8102
営業日:月曜日~土曜日(日曜定休)
営業時間:朝9時から夕方5時まで
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