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おざわやの代表のブログです

日本人はどう死ぬべきか?

2016.03.02

前回紹介した本の続編、というよりも同じ対談から抜き出した内容を編集した2冊のうちの1つです。

建築家として「死」をどう捉えて社会や住居に取り入れるかという立場の隈研吾さんと、現在は昆虫コレクター(?)ですが解剖学者として死後というものを見つめてきた解剖学者で養老孟司さんの酒場談義的なお話しです。酒場談義的と表したのは、話しがアッチコッチに飛んでいっては戻ってきたりを繰り返すことからなのですが、その飛び具合にお2人の見識の広さが現れていて、とても面白いのです。

 

養老さんの言われる「自分の死後なんて知ったことじゃない」「終活なんてお止めなさい」、隈さんの「ル・コルビュジエのような死に際がいい」「自分が死んでも自分は困らない」という死生感や、お2人の通った学校の教育に対するスタンスや仕事上対面するヨーロッパ的なロジカルシンキング(=自分軸の考え方?)からくる物事の捉え方、そしてそれぞれの仕事上からみたこれまでの日本が抱えてきた問題を軽妙に提言していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

特に隈さんの言われる「戦後の住宅から”弔う場所”が失われた」「葬儀場のショッピングモール化」「共同体の中で生きていくことで死の恐怖を乗り越える」や、養老さんの「笑って死んでいった父に救われた」「二人称の死をどう乗り越えるか」から、これからの日本がどこに向っていくべきかを論じていきます。何よりもお2人ともが「ますます生きましょう!」というスタンスでお話しされているのが「死」という、ともすれば暗くて避けがちな話題を明るくしています。

 

私自身以前から「死に様には生き方が現れる」と思っており、先日の父の葬儀に駆けつけてくださった皆さんのお声を聴いてますます確信したところでもあります。そして著者のお二人に習って、これからますます「終活なんておやめなさい!」と声を大にして言っていきたいと思います。