おざわやの代表のブログです
2021.03.01
今朝何気に覗いたルームでは、会社経営者から聴いた言葉で胸に残っているものは?というような話でした。そんな中で出てきた言葉の中には「会社を執行したいのか?それとも経営したいのか?」なんて言葉もあって、恥ずかしながら余りにも考えたことのなかった視点だったので、自分はどうなんだろうと考え込んでしまったり。
そしてより胸に染みたのは、ある参加者が親から言われた言葉として、「まずは常識を知らない奴に常識を破ることなんてできない」という言葉がありました。
「常識」って言葉のイメージ通り、ある人にとっては当たり前なこと。
いや、あるヒトっていうか一般常識なんて言葉がある通り、大多数の人にとって当たり前なことかな?それも社会人としての一般常識なんて、理由はよく分からなくても守るべき約束事みたいなものはありますよね。特に我々昭和な世代なそんな部分をごく当たり前のように持っていて、例えば公共の場はわきまえるとか目上の人を敬うとか。それこそ先輩の誘いは無碍に断らないとか、今ならパワハラと言われてしまいそうな関係性を普通に感じていました。
もちろん時代に応じて変わっていく部分もあるだろうけど、ある人にとっての当たり前が他人にとっては普通じゃないことだってあります。まずは自分が当たり前だと捉えていることが何なのか?を知ることも大切だし、例えそれが一般的な常識といわれているものだとしても意外と大した理由がなかったりもします。でもボクらにとってもそんな【常識】って初めは、「まあ守っときゃ良いっしょ!」くらいにしか意識されていないことも多いですよね。
例えばボクにとっては公園なんて子供たちが元気よく遊ぶ場だと思っているんだけど、とある公園には「子供が騒ぐと迷惑に感じる人もいるからわきまえて!」みたいな看板が貼られている所もあるとTwitterに投稿されているのを見ました。確かにうるさいかどうかなんて主観的な問題だし、その時々でうるさく感じるレベルなんて変わります。だからと言ってドイツのように「子供がうるさいなんて言ったら法律違反」なんていうのもやり過ぎな気はしますよね。
誰かの主観で線を引けば、それが他の誰かの不便になってしまったりします。同じ社会で生きていくのに、ちょうど良い距離として曖昧にしておく意味で【常識の範囲】はあるんじゃないでしょうか?それはお互いが客観的な目線、第三者的な意識をもって当たれる緩衝地帯的な意味もあるんじゃないかなって。
そんな風に【常識】って意味のあるものもあれば、現代において意味のなくなってしまったものもあるかも知れない。そんな意味で「常識を疑え」っていうのはアリだと思うし、必要ないなら少しずつでも取っ払えばいいって思います。
昨日のワイドナショーの最後に上げられてた「Mrポテトヘッド」の名称変更の件。
ディズニーのキャラクターにあるジャガイモに目鼻口をつけたキャラクターの名称を「ポテトヘッド」だけにすると発表があったそうです。それはジェンダーフリーという目線から決められたらしいのですが、今までならヒゲがあればミスターポテトヘッドで、その奥さんはミセスポテトヘッドと呼ばれていましたが、これからはどちらもただの「ポテトヘッド」だそうです。
確かにこれからのニュースタンダードで言えば、ジェンダーフリーは大切です。でも過去に周知されているものまで変えるってどうなんだろうなーって。
うーん、難しいから今日は結論ナシ!
・花立ての穴が小さくて水がたくさん入らないし洗いにくい
・お墓を新しく建てたい方やもっと使い易く建て替えたい
・お墓を少しキレイにこざっぱりしたい
・お墓に名前を追加して彫りたい
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・墓地に草がたくさん生えて困っている
・お墓の汚れが落ちなくてスッキリしない
他にもとにかくお墓で困っているー!という方は、まずここからボクに連絡くださいね。
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店舗住所:名古屋市名東区高針原2-101
電話番号 : 052-734-8102
営業日:月曜日~土曜日(日曜定休)
営業時間:朝9時から夕方5時まで
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