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おざわやの代表のブログです

【間違いなく原題の方が良く自身の価値観が問われる:映画『チョコレートドーナッツ』鑑賞記

2020.05.18

1970年代当時の法律や風潮では許されなかったイビツな関係。でも本人たちにとって真っ直ぐ過ぎるほどの愛が悲しかったという作品の感想です。



 1970年代のアメリカ・ブルックリンで実際にあった【障害を持ち母親に育児放棄されていた子供と、家族のように暮らしていたゲイ】の話を、たまたま同じアパートに住んでいた脚本家がストーリーにした2012年の作品。なのでほとんどの部分は事実ではなくフィクション。でも当時の時代背景や人々の考え方と現代との違いを比べてみることで、幸せとは何か?愛とは何か?を深く考えさせられる物語でした。




【あらすじ】



 舞台は1979年のカリフォルニア。ゲイのショーパブのメインアクトを務めて暮らしつつ、本格的な歌手としての成功を夢見るルディ(アラン・カミング)は、客として訪れた検察官のポール(ギャレット・ディラハント)と恋に落ちます。ルディが住むアパートの隣には、いつも大音量で音楽を流しつつ自堕落な生活を送る母親と、男が来るたびに部屋の外に追い出されて人形を抱き立ち尽くすダウン症の少年マルコが住んでいて、その様子からいつも心を痛めていました。ある時その母親が麻薬所持で逮捕されて、何も分からず街を彷徨うマルコを見かけたルディは彼を保護。2人で暮らし始めますがそれも長く続かず、マルコは児童福祉施設に収容されてしまいます。やがてポールの助けによって一緒に暮らすようになりますが、その様子はまるで本当の家族のよう。幸せな3人の姿が本当に美しいかったのですが・・・、そんな日々は長くは続かず引き裂かれる3人とその結末。






【それぞれが幸せになりたいと願い、でもそれが許されなかった時代の物語】

 まずはこの映画の邦題『チョコレートドーナッツ』よりも、現代の『Any Day Now』の方が断然に良い!と思うことを伝えてから感想に。チナミにそれほどネタバレはないので読んでから観ても大丈夫です。


 ルディは子供の頃からゲイに目覚め、今ではショーパブの歌手(口パク)として日銭を稼ぎつつ歌手を目指して暮らしていますが、隣の廊下に放り出されて何も言えず、人形を抱いているダウン症の少年マルコのことが気がかりです。マルコの母親に「子供の教育に悪い」と伝えても、ゲイであることを罵倒され相手にしてもらえません。1970年代にはまだゲイは社会的には認められておらず、実際にもこんな状態だったのではないでしょうか。

 そんなルディを演ずるのは、『バーレスク』でゲイっぽい雰囲気でバーテンダーしながら、実はクリスティーナ・アギレラ演じるアリとの微妙な恋模様を見事に演じたアラン・カミング。彼は舞台「キャバレー」でもその好演からトニー賞なども受賞している実力者。どちらかというと独特なキャラを任されることが多いのもその演技力の賜物なのかも?と思う、ボクが好きな俳優の1人です。



 そんルディに惚れるポールは子供の頃からの夢だった弁護士資格を取り、検察官として順調に働いています。彼の秘書はそんな彼が好きで、ずっとモーションを送り続けているもののポールは女性に興味はなく、ある日ショーパブで見かけたルディに一目惚れします。でもルディがマルコを助けようと、ポールを訪ねて検事局に来ると態度が豹変。ルディにお金を渡して帰そうとしますが、それに怒ったルディは誰にも言わずにマルコを引き取って2人で暮らし始めます。

 きっと子供の頃から、自分がゲイであることを誰にも言えなかったポール。大人になって憧れの職業に就いた彼にとって、ゲイであることを隠さずに生きているルディはさぞ眩しく映ったことでしょう。でもそんなルディに酷い仕打ちをしたことは自らの存在すら貶める行為だったことに気づいて、大家の通報によって施設に連れ去られたマルコを助け出して妙な関係での3人での暮らしが始まり、やがてそれが原因で検察官の職を追われてしまいます。



 2人に救われたマルコは、薬物依存の母親に育てられたものの愛情を向けられたことはなかったんじゃないでしょうか。育ててもらったリビング以外に行くあてもなく、廊下に出ていろと言われれば待つだけ。食事だっていつも適当に与えられるものだけで、ルディらと暮らし始めても好き嫌いからろくに食事を取らず。何が食べたい?と聞かれると決まって【チョコレートドーナッツ】と答えるだけで、ルディは母親のように身体に悪いからとマルコをたしなめます。いつも金髪の女の子の人形を抱いていて、行くあてなく彷徨うマルコの姿に心を痛めます。でもそんな彼を引き取ったのは別に母親ごっこをしたいわけじゃなく、もしかしたらルディはそんな彼の姿に、虐げられて生きてきた自分の人生を重ねていたんじゃないかな?だからこそ街でそんな彼を見掛けたとき放っては置けなかった。

 はじめは殆ど口をきかなかったマルコですが、自分の部屋をあてがわれて初めて優しくされたことが嬉しくて、涙が止まらなくなります。そして次第に明るい性格やダンスが好きなことなど本当の彼の姿が見えるに連れ、周りの人たちが優しくなっていきます。マルコを演じているのは自身もダウン症で産まれながら、中学時代から俳優を目指していたアイザック・レイヴァ。高校時代はスペシャルオリンピックでの活動に活躍し、その後は障がいをもって大人になった人のための演劇学校「パフォーミング・アート・オブ・ウエスト」で学んでこの映画のオーディションに受かったという彼。そんな彼の経歴にも驚きますが、そんな演劇学校があるほど社会に受け入れられているアメリカという国にも驚きます。それからするとまだまだ日本は劇中の1970年代と現代の間くらい?遅れているということにも気づかされます。



 そのほかポールの元上司のウィルソンや母親の弁護士、再審の判事、家庭局保護官など、マルコたちに辛く当たる人たちは皆んな自分なりの正義感を持っていて、法律や習慣で定められたことに彼らを当てはめようとします。それはきっと彼らにとっては当たり前のことで、絶対に自分は間違っていないとさえ思っている。そんな彼らにとってルディ、ポール、マルコの3人の関係は歪んでイビツに見えているんだろうけど、現代のボクからは3人の関係は輝いて見えるほど真っ直ぐで温かく、彼らの笑顔には涙が出てしまいます。

 そしてオーディションに受かって歌手への道を歩み始めたルディがラストに【地声】で唄う歌は、そんな優しく温かい日々への哀愁と取り戻せないものへの叫びが詰まっていて、胸が張り裂かれるように痛い。




この作品は見た人によって受け取り方が別れると思います。ボクには見ているこちらにまで「見て見ぬ振りしてないか?私たちだって生きているんだよ」と、鋭い刃が突きつけられているようで涙!でした。

ぜひこの作品を見てどう感じたか、教えて欲しいです。





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