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おざわやの代表のブログです

春のお彼岸をむかえて思うことはお墓まいりの本質です

2019.03.21

今日は春分の日で、仏教でいうところの「お彼岸のお中日(ちゅうにち)」です。

じゃ、「彼岸」ってなんだ?ってことで、困ったらWikiくんに聞いてみましょう。笑

 

 

浄土思想でいう「極楽浄土」(阿弥陀如来が治める浄土の一種、西方浄土)は西方にあり、春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりである。現在ではこのように仏教行事として説明される場合が多い。それがやがて、祖先供養の行事へと趣旨が変わって定着した。

しかし、彼岸の行事は日本独自のものでインドや中国の仏教にはないことから、民俗学では、元は日本古来の土俗的な祖霊信仰が起源だろうと推定されている。五来重は彼岸という言葉は「日願(ひがん)」から来ており、仏教語の「彼岸」は後から結びついたものであるという。

~Wikipedia「彼岸」より

 

 

 

まあ色んな説があるみたいですが、大乗仏教でいうこちら側というのはボクらの住んでいる俗世間で、それに対して彼の岸(向こう側)というのは仏様のいる極楽浄土を表します。いつかみんな彼の岸に行けることを願って、共に仏道に励みましょうという想いで過ごす1週間が「お彼岸」ということのようです。そして彼の岸に旅立ったご先祖さまの魂に今ここにあることへの感謝を込めて、その亡骸(お骨)を納めたお墓を鎮め護るのがお彼岸のお墓まいりということになります。

 

 

 

 


今日のお中日と24日の彼岸明けは、いつものように名古屋市平和公園墓地でお墓まいりサポートをさせていただいてます。何かお困りのことがあればお昼過ぎなら手が空くと思われますので、ご連絡くださいね!

 

 

 

鎮め護るためにはどうすればいいか

「鎮める」というのは、先祖の魂はお坊さまの法要によってあの世=極楽浄土に送り帰されたわけですが、その身体はお骨となって残されており、お墓の中でゆっくりと自然に帰っていきます。現在殆どは火葬によって焼骨になってますが、それでも土に還るには50年ほど掛かります。その間、魑魅魍魎(ちみもうりょう)にそそのかされて悪いものに成らないように「鎮めておく」のがお墓の役目です。

そして「護る」というのは、それこそ土葬の頃なら獣(けもの)にご遺体をあばかれて鬼となってしまわぬよう、墓前に樒(シキミ)を供えて腐臭を絶つ。そしてお墓の周りを清潔にして水で清めてお香を炊き、そこがまるで極楽浄土のような場に整えるのが「お墓を護る」という子孫の役目です。

 

そうして正式に考えれば、お供え物(食べ物)はお墓の前に並べるよりもお仏壇で供えた方が良いのかもしれませんが、まあそこまで厳密に考えなくても良いのかもしれませんね。でもやっぱりお墓でお願い事をすることに限っては、眠っているご先祖を揺り起こすようなものですからどうかな?と思います。

なかにはお墓=ご先祖の身体だから水なんかかけちゃダメ!なんていう考え方もあるようですが、お墓はご先祖を鎮めるための「器」ですから清めるのが当たり前ではないかとボクは考えてます。だから子供たちがお墓にじゃんじゃん水を掛けて喜んでいる姿なんて、サイコーだと思うんですけどねえ。

 

 

ま、どんなお墓まいりをするにしたって家族揃って楽しくお墓まいりしてれば、ご先祖も安心されます。

明日以降は天気も良くなるようなので、この週末には開花予想の桜を見つつお墓まいりにお出かけくださいね。

では今日のブログはこんなとこで!